と同時にこのメンバー編成は、ユニットを組む上で本来なら一番最初に描かれるべき「ユニット結成時に生じるドラマ」を意図的に省略することにも成功している。それまでバラバラの「個」であった者同士がユニット結成という環境変化の中で理解し合い、時にぶつかりあいながらユニットとしてまとまっていくという流れは、そもそも複数の人物が1つの「集団」を形成するシチュエーションにおいて必要不可欠な要素と言え、実際にその流れは7話までのニュージェネレーションズにおける物語として描写されている。しかし9話のキャンディアイランドでも10話の凸レーションでも(さらに言えば6話で正式に結成したラブライカでも)その様子は描かれなかった。
それは言うまでもない、改めて描く必要がなかったからである。かな子も智絵里も、莉嘉もみりあもユニット結成前から仲が良かったのだから。むしろ結成した後の各メンバーの描写、とりわけ杏やきらりの立ち回りを積み重ねることで、杏もきらりも他メンバーとさしたる軋轢を生むことなく、むしろユニットにおける調整役としてのポジションを確立させ、それを視聴者に周知させることを重視した構成となっていた、というのは前述のとおりである(10話の場合はそこにさらにもう一押しのドラマが用意されていたが)。
では本作において「ユニット結成」のドラマはもう描く必要はないのだろうか。結論を言えば否なのであるが、改めてユニット結成のドラマを描くにあたってスタッフが用意したものは、結成前から仲の良かったニュージェネレーションズやラブライカとは正反対の人間関係、つまりこれまでの話の中で特別な交流がほとんど描かれてこなかった関係性、且つアイドルとしての明確な「武器」とも言うべき個性を持っているため安易に他人にすり寄ろうとしない頑なさを持つ2人のアイドルだった。
「2人」のアイドル。それは当然シンデレラプロジェクトの中で未だユニットを結成していない最後の2人、前川みくと多田李衣菜のことである。
片やネコキャラとしてキュートさを前面に出していくアイドル、片やロックを愛するクール系で行こうとしているアイドル。まさに水と油、ニュージェネの3人でなくともうまくいくとは思えない組み合わせの2人は早速宣材撮影の現場でも反発しあう。

2人がユニットを組むよう提案したのは勿論プロデューサー。プロデューサーは彼なりの見立てがあって2人にユニットを組ませることを決めたようだが、2人にしてみれば到底納得できるものではない。キュートなアイドルとクールなアイドル、2人の目指す理想のアイドル像が全く異なる以上仕方のないことではあるが、当然のごとく2人は反目してしまう。
この時にプロデューサーが2人を組ませる理由をきちんと説明していれば2人ももう少しまとまれたかもしれないのだが、プロデューサーは理由についてはっきり話さない。それについては後ほど考えてみるとして、プロデューサーはユニットのための曲も既に用意できていると2人に告げる。
2人の考えを尊重するためということでまだ詞はつけられていないものの、曲の仕上がりにはみくも李衣菜も満足した様子。だが2人の気があったのはそこまでで、この曲にふさわしい詞は何かで押し問答を繰り広げてしまう。冒頭の撮影現場での言い争いはこれが原因だった。
ユニット結成を意識しての差配だろうか、その後もミントキャンディのキャンペーンや写真撮影などの仕事を一緒にこなすみくと李衣菜だったが、どの仕事でもやはり噛み合わず口喧嘩ばかりしてしまう。それでも仕事自体はどうにか成功しているようで特に失敗した描写もないのは、それぞれが仕事をこなす上で最低限の必要十分な力量を既に備えていることを示唆してもいる。実際2人がそれぞれ考えたキャンディの宣伝方針はどちらも別段間違ったものではないし、撮影時に選んだ衣装は各々にはぴったりマッチしている。ただ相手に合わせようとしないからどうにもバランスが悪くなってしまうのだ。

「CAT」というメーカー名の電気ポットが「ロック」のかかった状態でどんどん加熱していくというお遊び描写も含め、これまでの2人のやり取りはコメディタッチの軽いノリで描かれているが、ユニット結成という決定事項が先にある以上、こんな状態はいつまでも続けられるものではない。
卯月たち他のプロジェクトメンバーもそのことを憂慮していたが、肝心のみくと李衣菜が互いに歩み寄ろうとしない以上どうすることも出来ない。同時に彼女らもまたこの2人を組ませることにしたプロデューサーの真意を読み取れず、不思議に思った莉嘉とみりあは早速プロデューサーに聞いてみようと彼の部屋へ向かう。
このあたりは遠慮しない性格である年少組の個性が遺憾なく発揮されていると同時に、ユニット結成に疑問があっても「新曲」という魅力的な要素につられて十分に反論しないままなし崩しで活動を続けているみくや李衣菜に対し、自分自身には直接的な影響がないからこそ遠慮せず行動できる他メンバーとの対比が明確となっていて面白い。良くも悪くも「他人事」という意識がまだ残っている現在のシンデレラプロジェクトメンバーの関係性をも浮き彫りにしているわけだ。
さて当のプロデューサーは自分の居室である作業を進めていた。部屋に入り込んできた莉嘉とみりあが目にしたものは、彼が立案したアイドルフェスの企画書だった。プロデューサーはフェスという大きなイベントにシンデレラプロジェクトの全ユニットを参加させようとしていたのである。尤もみくと李衣菜が組む(はずの)ユニットについては保留の意味を込めて「*」と入力していたが。

まだ企画段階なのであまり公にして騒がないようにと彼は一応釘を刺したものの、シンデレラプロジェクトにとっては初の大イベント、黙っている方が無理と言うものだろう。フェスの件はほどなく全員の知るところとなり、他のメンバーもにわかに色めき立つ。
それは仕事から戻ってきたみくや李衣菜も同様だが、ライブにおいてネコ耳とロックのどちらを押すかでまたまた口喧嘩を始めてしまうところもまた今までと同様だった。しかし凛の何気ない一言が2人の焦燥感を駆り立て始める。
ライブはユニットでの参加が原則だから、ユニットを組んでいないアイドルは出場できないのではないか。2人はその言葉を受け、何とかライブに出場するためとりあえず目の前のレッスンや仕事と言ったいつもの作業を協力してこなしていくことにする。完全に呉越同舟だった2人がここでやっと「ライブに出演したい」という1つの共通した目的を見出せたわけだ。相変わらずのノリではあるものの、ほぼずっとバラバラだった2人がわずかではあるが繋がったというのはかなりの進歩と言えるだろう。
だが所詮は目的が1つ同じになっただけであり、互いに歩み寄った上での協同一致と言うわけではないのだから、当然これだけでいきなりすべてがうまくいくようになるほど甘いものでもない。どうしても事あるごとに衝突してしまうのは避けられず、そのためかオーディションには落選と仕事も思うようにいかなくなり、さすがに嘆息する2人。
とうとう2人はソロでデビューさせてほしいとプロデューサーに談判する。さっぱりうまくいかない状況の中で疑問が再燃したのだろうか、自分たち2人を組ませた理由を続けて質問するみく。実際に原作ゲームでもこの2人の絡みはほぼ皆無と言ってよく、この2人を何故組ませたのかという疑問を抱いた人間も決して少なくないのではなかろうか。そういう意味でみくの抱いた疑問は即ち視聴者の疑問とも言える。
そして李衣菜も同じ疑問を抱いていることは想像に難くなく、「余っている2人を適当に組ませたのか」という問いかけもそんな無理からぬ感情から生まれたものに違いない。
だがそれについては言下に否定し、相性の良い2人だからと組ませた理由を告げるプロデューサー。最初にユニットの件を伝えた時には理由について話さなかったので、何かよほど重大な理由があるのではとも思われたが実際は割とありきたりなものであっただけに、肩透かしを食らったと感じる向きも少なくないかもしれない。ただ席から立ち上がり2人の目をまっすぐ見て話すプロデューサーからは、6、7話の出来事を踏まえた実直さが窺えるとともに、この回答が嘘偽りや適当なごまかしでないことをも裏付けてはいるが。
ただ一連のシークエンスから見えてくる今回のプロデューサーの態度について、ちょっとした危険性を孕んでいるということには留意しておくべきだろう。7話での経験を経て「無口な車輪」となる前の状態に戻ったと思しき彼ではあるが、それでも今回の件は普通ならユニット結成の第一報を伝えた時に真っ先に伝えておくべき重要な事柄であることを考えると、伝達する情報の優先度を明確に定められていないという点で、まだまだ彼自身もプロデューサーとしては未熟であるということがわかる。今回は大事には至らなかったが、この「伝えるべき時に伝えるべきことを伝えない」彼の欠点が今後何らかの影響を及ぼすことは必至と思われる。
尤も今回の場合は最初に伝えたとしても今になって伝えても、それを聞いた側である2人のリアクションは変わらなかっただろう。それはそうだ、ここまでほとんど噛み合うことなくやってきてしまっているのであるから、「否定する」以外の反応をしようがあるまい。

そんなみくたちの態度にプロデューサーもようやく考えを軟化させ、ソロデビューと言う妥協案を出してきたので一瞬笑顔になる2人。このあたりは先ほど未熟と評したばかりではあるが、アイドル側の反応を受けて別案を出せる程度には柔軟な対応ができるようになったプロデューサーの成長度合いを窺い知ることも出来よう。
だがその場合どちらか片方はデビューが後回しになるとも聞かされ、大いに焦り出す2人。デビュー出来ないということは当然それよりも前に開催されるであろうフェスにも出場できないわけだから、焦るのも無理はない。慌てて2人は善後策を協議しあう。
こういう時にはみくも李衣菜も申し合わせたかのように息ぴったりの行動を取れるという、その事実自体プロデューサーの「相性が良い」という言葉がある程度は正しいと認識させると同時に、この「ある場合に対してのみ、みくと李衣菜の息が合う」という行動パターン自体を今話における重要な鍵としている。
さて話し合った結果2人は完全に打算的な思惑から、今まではお互いのことをよくわかっていなかったからもう一度ユニットとしてやっていってみたいとまくしたてる。2人にしてみれば苦し紛れの屁理屈に過ぎないものであったが、それを真に受けた莉嘉から「だったら一緒に住んじゃえば?」との予想だにしない提案が飛び込んできてしまう。
寮住まいのみくの部屋に李衣菜が泊まればと卯月やかな子たちも後押しし、プロデューサーも同意してしまう急展開に開いた口が塞がらない2人であったが、莉嘉たちの提案は2人のことを気にかけた善意からのものであるし、そもそもの言いだしっぺが自分たちである以上拒絶することもできず、2人は本当に一週間一つ屋根の下で暮らすこととなってしまった。
このような所謂お泊りイベントを女の子同士で行う場合、大抵は女の子同士の華やかで可愛らしい雰囲気が構築されてキャラ同士はより仲良くなるし、見ている側としてもかわいい女の子同士の様々なやり取りを見て幸せな気持ちになれるものと相場が決まっているが、そこは5分と持たずに口ゲンカを始めてしまうようなこの2人、いざ同居となってもやはりトラブルが絶えるものではない。
入居の日、李衣菜が持ってきたのは引っ越しかと思わんばかりの大荷物。その中には一週間程度の同居生活には明らかに不要と思われる愛用のヘッドホンやらポスターが何個も入っており、みくも早速突っ込まないではいられない。
しかし全く意に介さない李衣菜は持参したポスターを「画鋲で」壁に貼り付けだし、みくからさらに顰蹙を買う結果となってしまった。
当の李衣菜は何が悪いのかすら分かっていない様子だが、一般的に賃貸アパートの場合はポスター等を壁につける際に画鋲等を使って壁を傷つけることを禁止しており(傷つけた場合、その部屋から引っ越す際に修繕費としてこちらがその額を払わなければならない)、みくが怒るのは当然の話である。ただ実家住まいの李衣菜にしてみればそのことを知らないのも無理からぬことではあるが。
いずれにしても先行きに不安を抱かざるを得ない同居生活のスタートであった。

本格的に始まった同居生活においても2人の感覚や価値観の違いはどんどん浮き彫りになって行く。
朝食を普段摂らないという李衣菜に朝食を食べさせようとするみく、目玉焼きはソース派のみくと醤油派の李衣菜、そもそも食自体にあまり関心がなかった李衣菜と、アイドルは体が資本と夕食には30品目ほど摂るようにしているというみく、入浴時もすぐ上がろうとする李衣菜とゆっくり温まろうとするみく…。
些細なことですぐぶつかってしまうのは相変わらずだが、確かに事務所や仕事場だけではわからなかった一面を知るきっかけになっているという点は、スーパーで安売りの総菜を賢く買おうとするみくに感心した表情を向ける李衣菜の様子に象徴されている。
現実的でしっかり者というみくの一面は普段のネコ耳キュートアイドルとしての姿からは想像しにくい個性であり、それを李衣菜が知ることが出来たという点において同居生活は一定の効果を上げているとは言える。尤もそれがユニット結成に役立つかどうかはこの時点では不明なのであるが。
では李衣菜の別の一面は何かと言えば、入浴時の脱衣籠に入れた衣服の畳み方からわかる几帳面さと、風呂上がりにみくと同じく寮住まいの小日向美穂や小早川紗枝に出会った際のミーハー的な態度だろう。これらもまたクールでロックなアイドルを目指す普段の様子とは異なる、上品で可愛らしい個性である。本人としてはそういう面を隠したいのか、みくに指摘されるとこういうのも意外とロックかもと慌てて返すものの、それはみくから見てもすぐにわかる苦しい言い訳だった。

同居生活が続く中、とあるオーディションを受ける2人。オーディションの会場がアニマス劇場版のEDで矢吹可奈が待機していた会場と同じというのはスタッフが盛り込んだサービスと思われるが、場所だけでなく緊張して待機しているみくを劇場版における当該場面の可奈の様子と重ね合わせており、単なるお遊びにとどまらないスタッフの拘りが感じられる。
一足先にオーディションを終えた李衣菜とこれからオーディションに向かおうとするみくが互いに励まし合う描写からは、一緒に仕事をするようになった最初の頃よりは若干歩み寄っている様子が見て取れ、今までが事あるごとに衝突してばかりだっただけにホッとさせられる一幕だ。
みくの順番まではまだ時間がかかるということで李衣菜は先に帰り、みくも遅れて帰宅する。ドアを開けたみくに飛び込んできたのは、台所で料理をしている李衣菜の姿という意外な光景だった。いつもスーパーの総菜ばかりではと帰りがけに材料を買ってきていたのである。
料理は時々と軽い調子で答える李衣菜だが、みくも思わず顔をほころばせるほどいい匂いを漂わせていることからも腕は確かなのだろう。これもまた今まで知ることのなかった彼女の意外な一面に違いない。
だが李衣菜の作っていた料理が「カレイの煮付け」と聞くや否や愕然としてしまうみく。なんとみくは魚が大の苦手だったのだ。普段からネコ耳をつけネコキャラアイドルとして売っているのだから、魚料理も好きで当然と李衣菜が思い込んでしまうのは極めて自然なことでまったく非はないのだが、それでもみくは怒り出し結局また口論になってしまう。

以前からゲーム版の方に馴れ親しんでいる人であれば、みくのこの真逆と言える好みは承知の上だろうが、みくという少女のアイデンティティの1つとも言えるこの設定も、デレアニという作品世界の人物である李衣菜はまったく知らない、知るはずもないのである。これまで両者はさして接点がなかったのだからそれは当然であり、我々からすればそんな基本的なところから相手を知って行かなければならない、相互理解というものがいかに大変であるかを雄弁に物語っているとも言えるだろう。
結局夕食時になっても仲直りできないままの2人であったが、作ったものはどうあれ李衣菜の行為はみくを嫌ってものでは当然なく、むしろ彼女のことを考えてのものだったという点に思いを致したみくは、謝罪の言葉と共に仲直りの印として2人がキャンペーンで宣伝していたあのミントキャンディを渡そうとする。
みくにしてみれば李衣菜の気持ちを慮ってどうにか歩み寄ろうとした、言わばみくのためにと料理を作った李衣菜と同じことをしたわけだが、今度はその李衣菜の方がすげなく断ってしまう。李衣菜はミント味が嫌いだったのだ。
キャンペーンでは宣伝だからとカッコいいことを言っていたものの実際は甘い方が好きという李衣菜。思わずそれのどこがロックなのかと思わず返すみくに、李衣菜も負けじと自分がロックだと思えばロックだと言い返し、結局いつも通りの状態に戻ってしまう。
それは事務所でもまったく変わらず、ロックなアイドルを目指していると言うにもかかわらずギターが弾けない李衣菜にみくの容赦ないツッコミが飛ぶ。同居生活をしてみても尚あまり変わらない2人のそんな様子を見やり、卯月や凛が不安がるのも無理もないことだった。
厳密に言えば2人とも互いに若干なり歩み寄ろうという姿勢は見せているものの、その都度相手が予想外の反応を示すものだから関係性が好転せず振り出しに戻ったようになってしまう。予定調和に収まらない人間関係を描写するのはドラマの醍醐味ではあるが、見ている側からすれば何とも歯がゆいものでもある。
ただ前述のとおり互いに歩み寄り始めているという点で2人が変わり始めてきているのも確かなので、あと何かしらのきっかけがあれば、また状況は変わっていく可能性も十分にあるのだ。
そしてその「きっかけ」は思いがけない形で二度、2人の前に現れる。
深夜、ふと目を覚ましたみくの耳に、ぼそぼそと囁くような李衣菜の声が聞こえてくる。バスルームに籠って誰かに電話をしているようだが、それに気づいて明らかに不機嫌な表情を作るみく。夜、人が寝ている間にこっそり起きて電話をし、それが原因で目を覚ます羽目にもなってしまったのだから、李衣菜を泊めている側のみくとしては不快に思うのも当然だったろう。
だがそんなみくも李衣菜が電話口に向けて発したある言葉を聞いてハッとする。その言葉とは「お母さん」。李衣菜は実家の母親に電話をしていたのだ。それを受けて部屋に飾っている写真に目を向けるみく。写真には遊園地と思しき場所で両親と一緒にいる幼い頃のみくが写っていた。
大阪出身のみくはアイドルになるため親元を離れて上京し、寮生活を送っている。まだまだ親の庇護下にあって当然の年齢である15歳の少女にとってはそれだけでも大変なことのはず、まして大成できるかどうか、そもなれるかどうかすら分からない「アイドル」のためにそこまでやるのには相当な覚悟が必要であったろうことが容易に想像できる。
何故そんな苦労を進んでやるのかと言えば当然アイドルになるため、もっと言えば「自分の理想のアイドルになるため」である。その強い信念を持っているからこそ信念だけを頼りに1人暮らしすることもできるし、5話のように方向性は誤っていたものの自分の求めるものに貪欲になることもできるのだ。
そんなみくにとって李衣菜という存在は、ただ理想を掲げるだけでそれを実現しようという覚悟の希薄な甘い存在に見えていたかもしれない。改めて今話を見返してみるとみくと李衣菜が揉める時は必ずと言っていいほどみくが先に突っかかっていることがわかる。目玉焼きに醤油かソースかの件でさえ、李衣菜に断りなく勝手にソースをかけたのはみくだった。
キュートなアイドルを目指すみくにとってロックでクールなアイドルという李衣菜の理想像はまったく別次元のものだから、それ自体を拒否するのはわからないでもない。だが拒否すること自体に躍起になって、それこそ5話の時のように周りが見えなくなり自分の信念を貫く「だけ」の状態に陥ってしまっていたのではないか。それが今話におけるみくの態度から窺い知れるのである。
だが李衣菜の言葉を聞いて、みくもあることに気づいたのだろう。今の李衣菜もまた自分と同じく「親元を離れている」ということに。それがとりもなおさず「自分の目指す理想のアイドルになるため」ということに。距離の問題ではない、自分と同じ目的のために自分と同じ行動をしている、その点に関する限りは相手も自分と同じ、同質の存在なのだとこの時になって初めて自覚したのだ。
対する李衣菜の方も、そのことに気づいたみくと同じタイミングで彼女の表情がインサートされるという演出やその際の彼女の表情から、李衣菜もまたみくと同じ気づきを得ているものと窺い知ることができるが、李衣菜の場合はこの時点で初めて明確に自覚したみくと違い、ここの至るまでの流れで徐々にそういう思いを抱くようになって行ったという方が的確だろう。
みくにとって李衣菜は言わば自分の領域に入り込んできた異分子であったのに対し、李衣菜からすればみくの領域に(半ば強制とは言え)自分から踏み入ったわけであるから、みくよりはフラットな精神状態のままでみくの様々な面を受け入れやすかったという点もあったろう。みくがしっかりと1人暮らしを営んでいる様を見て感心したり、先に相手のことを想って「料理を作る」という具体的な手段を講じたりといった諸々の行動にそれが表れている。
互いに気づいていないながらも互いの気持ちが以前よりもしっかりと重なりつつある状況の中、第二の「きっかけ」が訪れる。
それはプロデューサーの元に舞い込んだ仕事の依頼、というより相談だった。あるイベントのメインとして出演するアイドルが出られなくなったため、代わりとなるアイドルはいないものかと持ちかけられたのである。
プロデューサーの居室外からそのやり取りを偶然聞いたみくは、その話を断ろうとしていたプロデューサーの言葉を遮り、自分と李衣菜の2人にやらせてほしいと懇願する。それは李衣菜にもまったく相談しない、完全なみくの独断だった。
1人で勝手に決めてしまった理由を問う李衣菜に、チャンスと思ったからだと告げるみく。それはプロデューサーからユニット結成の話を受けて以降、一度もまとまれていない自分たち2人が本当にアイドルユニットとしてやっていけるのか、それを自分たちで見定められない中途半端なままでアイドルフェスに出場するような
ことをしたくないから。だから強引にでも見極めるための機会としてイベントに出ることを決断したのである。
そしてもし組むのが無理だという結果が出た時は、アイドルフェスには李衣菜に出てほしいとも。その想いこそは第一のきっかけで李衣菜が自分と本質的には同じアイドルだと認識したからこそ生まれた、ユニットを組む「かもしれない」相手との小さな、だがしっかりと結ばれた絆の証だった。
みくの想いを聞き届けたプロデューサーは、しかしイベントの日程は2日後で2人が歌う予定の歌も未だ歌詞は用意されていないと厳しい現実を突き付ける。それは7話での経験を経て彼が再認識した、プロデューサーとしてアイドルに対し果たすべき役割でもあった。
言葉に窮したみくに2日で詞を作ればいいとフォローを入れる李衣菜。それが困難なことは李衣菜にも十分わかっているはずだが、それ以上に彼女を動かしたものがみくと同じものであったことは疑いない。
プロデューサーもそんな2人の想いを汲み、雑事は自分が引き受けるからと作詞作業を2人に一任するのだった。

2人はすぐさま作詞に取り掛かるが、もちろん簡単にできるものではない。単なる技量の問題もだが2人は別に仲良しこよしになったわけではないので、当然ぶつかる時は今までと同様に衝突してしまうのだ。互いの作った拙い詞の内容を見てお互いに幻滅した後すぐ口喧嘩に発展するのが良い証左だろう。
だが今の2人はそこで止まらず邁進し続ける。みくの部屋はもちろんのこと、それぞれが通う学校でも時間のある時には作詞作業に勤しみ、時にぶつかることはあってもそれで終わらずもう一度2人で思案する。
それは無論この作業が2人で一緒に見定めた目的・目標に繋がっているからだ。単にそれぞれが別個に立てた目的が結果的に一致したというものではない。みくが李衣菜を、李衣菜がみくを想い考えた末の結論としての目的なのである。だから止まらないし止めることなどあり得ない。歌を完成させることもイベントに出ることも、個人個人の目標ではなく「2人」の目標なのだから。そしてそれはアイドルユニットを組む上で必要不可欠な繋がりが2人の間に確かに育まれたことをも意味していた。
その関係性を何より強調しているのはBGMとして挿入された楽曲「We're the friends!」だ。見た目も何もかもバラバラだけどただ1つ、心に抱いた想いだけは同じ、だから同じ場所を目指せるという旨の歌詞は、そんな関係性の2人を「最高の友達」と謳い上げている。互いに素直になれない2人の心情を代弁しているかのような本曲がこの一連のシーンにかかることで、みくと李衣菜の心情描写が完成されたと言っていいだろう。
差し入れにとアナスタシアや蘭子が持ってきた食べ物が、甘いもの好きな李衣菜にも魚嫌いのみくにも合った「たい焼き」であったり、7話にも見られた雨→晴れの時間経過が描かれたりといった細かい演出がそれを補強している。
同時にそんな2人を支えるために文字通り奔走しているプロデューサーの様子を挟み込むのも確かな演出だった。
2日という短い期間はあっという間に過ぎ、ついに迎えるイベント当日。
詞はどうにか完成し、衣装等を含め準備はほぼ整った。詞の完成がギリギリだったこともあってリハーサルも満足にできていない状況にも大丈夫と言い切る2人だったが、その表情は一見してすぐわかるほどに強張っていた。
それが緊張から来ているであろうことは容易に想像がつくし、大丈夫という言葉にもそれを担保できるだけの自信があるわけではないというのもすぐわかることだったが、プロデューサーはそこには言及せず本番に臨む意思を確認した上で、後を2人に託す。それは無論「敢えて」そうしたのだろう。
本番直前、舞台袖で出番を待ちながら自分たちは本当に気が合わないと自嘲気味に呟く李衣菜に対し、それが自分たちのユニットの持ち味と返すみく。
「ユニットの持ち味」。2人の今までの歩みは順風満帆などという言葉からはほど遠い、とても褒められるような内容ではなかったし、その原因も外的な要素に起因するものではなく、ほぼ100%完全にそれぞれがそれぞれの意地を通して譲ろうとしない頑なさから生じたものだった。だが普通に考えれば欠点にしかならないところを、この2人は自分たちの持ち味≒長所に変えてしまったのである。
自分の信念や意地をむき出しにしてぶつけ合うというこれまでのユニットとはだいぶ異なる経緯を経てはいるものの、結果として2人の間に育まれたものが他のメンバーと同様のものであったことは相違ない。それはそれぞれの好みを前面に出しながらも大元のデザインコンセプトが共通しているという2人の衣装に如実に示されている。
後は本番を成功させるのみ。テンションを上げてステージに上がり込む2人だが、知名度皆無のアイドルを見やる観客の目はさすがに冷めたものだった。それでも2人は負けじと煽りを繰り返すものの、やはり観客のノリは悪い。
堪らずプロデューサーに視線を向けてしまう2人に、プロデューサーは2人をしっかりと見据えたまま強く頷く。元よりアイドルが一度ステージに上がればプロデューサーは何もしてやることはできないが、何よりプロデューサーは本番前に2人に話した通り、2人を信じてステージを託したのである。
万全とは言えないこの状況の中でプロデューサーはみくと李衣菜を信じた。その想いに些かの揺るぎもないことは彼のその行為から十分に壇上の2人に伝わっただろう。プロデューサーからの信頼を受けて強く頷き返す2人の表情にもう緊張はない。
既に何度となくこのブログでも触れてきた、アイドルマスターという作品が是とする「アイドルとプロデューサー」の関係性はこの時点で完成した。それは同時にこのステージの成功が確約された瞬間でもある。
さらにテンションを上げる2人の煽りに呼応するように観客のコールも次第に大きくなっていき、それはこの歌のタイトル「OωOver!!」のコールで最高潮に達する。
みくと李衣菜が共同で詞を書きあげたという設定のこの歌、実際にみく役の高森奈津美と李衣菜役の青木瑠璃子が作詞を担当している。劇中の展開に合わせて詞に素人感を出すため担当声優に任せたようだが、出来あがった当初の詞が結構上手なものだったので修正を行ったこともあったという経緯もあるこの歌、みくと李衣菜2人の個性を盛り込みながらも、「前にひたすら進んでいく」ことを主眼に置いた力強い内容となっている。
それは個々人の考え方の違いや置かれた状況といったものをすべて飲みこんで突き進んでいく、今現在の2人が出した結論とも重なっており、まさしく2人が組んだ「ユニット」を象徴する楽曲になっていると言えるだろう。


ミニライブは一応の成功を収め、2人も互いの個性を尊重していくということでユニットは正式に結成される運びとなった。だいぶ時間はかかったが、これでついにシンデレラプロジェクトの全アイドルがデビューを果たすことになる。
と、そこへちひろさんがアイドルフェスの企画書を携え、社内に出しても良いかと聞いてきた。プロデューサーはみくと李衣菜が組むユニットの名前がまだ決まっていないからと保留の意を示すが、それを聞いたちひろさんは不思議そうな顔を浮かべながら何気なく「『アスタリスク』じゃないんですか?」と返す。
ちひろさんはユニット名が決まっていないためプロデューサーが仮に記載しておいた「*」を、そのままユニット名だと勘違いしてしまっていたのだ。PCを使う仕事に従事している人間なら「*」を読めて当然のところだが、みくたちにとっては初耳だったようで、その言葉の意味をちひろさんに質問する。
ラテン語で「小さな星」というその意味を聞いた2人は、口にした言葉こそ「ロック」「かわいい」といつもの感想だったものの大いに気に入ったようで、プロデューサーも了承し2人のユニット名は「アスタリスク」に決定した。
デレアニそのものの主たる命題を背負ったニュージェネレーションズの結成(とそれに伴う物語)を除けば、今回のアスタリスクは最も結成まで時間がかかった、難産とも言うべき存在になっている。それはアイドルユニットという小単位グループを結成する上でのメンバー間、引いては各人物間の心の寄せあい方が一辺倒なものではないということを描きたかった言う面はあるだろう。
だが今話で真に描きたかったことは最後の最後、衣装イメージを見た2人が例によって可愛いかロックかで口論し出し、解散まで口にするほどの騒ぎを聞いてのきらりの言葉「仲良しだにぃ」に象徴されているのではないだろうか。有り体に言ってしまえば「ケンカするほど仲がいい」ユニット、みくと李衣菜の2人が組むユニットがそう呼ばれるようになるまでを描きたかった、その一点に尽きるように思われる。
改めて今話を最初から見てみると、みくと李衣菜のやり取りは最初のアバンの頃からほとんど変わっていない。一つの事柄に対して可愛いと思うかロックと思うか、可愛いものを選ぶかロックなものを選ぶかで衝突してきたという点はずっと同じであり、ユニットが組めるほどには互いのことを理解したからと言ってその部分まで変質したというわけではないのだ。
ただ1つ変わったのは2人が互いの考え方を尊重できるようになったということ。ただしこれもあくまで尊重の意識を持つようになっただけであり、基本的に自分の信念を優先しようとする押しの強さは全く変わっていない。そして敢えて言えば自分の信念について妥協しないその押しの強さこそがミニライブを成功させた最大の原動力とも言えるのだ。
観客を巻き込みライブを成功させるパワーの源は2人が元々持っていたものだった。そしてそのパワーはシンデレラプロジェクトにおける彼女ら2人の見方まで変えてしまったのである。
ユニットのメンバーであるみくと李衣菜は相互理解を果たすまで文字通り体当たりで臨んできた。客観的には不器用としか言いようのない強引な方法ではあるが、2人の内包するパワーはその強引さまでもアスタリスクというユニットの特色として昇華させてしまった。これもまたアイドルユニットとしての1つの有り方であると、それを描きたかったというのが今話の目的だったのではなかろうか。
その意味ではみくと李衣菜というキャラクターは今話の内容に最もマッチしたアイドルであったろう。どちらも我が強く、なりたいアイドルの理想像を明確に抱いているにもかかわらずその理想には届いていない、しかし理想に妥協はせず信念だけは決して曲げない。そんな2人でなければメンバー間の衝突も理解も、そこから生まれるパワーも描出することは叶わなかったに違いない。
それはこれまで生まれたどのアイドルユニットとも異なる独特のものであり、デレアニ由来のユニットとしては6つ目にしてなお独自の魅力を紡ぎ出せるスタッフの手腕には感嘆の念を禁じ得ない。
前述のとおりシンデレラプロジェクトに所属するアイドルはすべてデビューを果たし、さらにはアイドルフェスという大きなイベントへの出演も確定した。
だがアイドルフェスに出るためにはまた今までとは異なる準備をしていかなければならないことも事実である。次回はそれについて描かれるようであるが、予告編を見るとどうやらどこかで見た場所が舞台になるようで、それも含めて楽しみな次回である。